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特集|日本の原風景、川ガキ EARTHマガジン(アースマガジン) 

元気な川には、たくさんの生き物に混じって川ガキと呼ばれる生き物が生息しています。
水辺に生息するこの生き物は、魚をはじめとする水生生物が大好きで、橋や岸辺の岩から川に向かって飛び込んだり、仲間と競い合って泳ぐなど、その生態はさまざまです。かつては全国的に分布していましたが、現在では絶滅が危惧されるほどまでに減少しています。

川ガキ[絶滅危惧種]
学名:Homo sapiens sapiens
霊長類ヒト科

【分布】 日本全国に分布する。どちらかというと清流を好み、水生生物の豊富な地域ほど多数の生息が確認されている。ただし水質が良好でなくても、水田やため池などの身近な場所に姿を現すこともある。

【生態】 好奇心のかたまりである。とくに夏期は水辺に姿を現す。魚を捕まえたり、仲間と競いあって泳ぐなど、様々な行動が確認されている。岩や河原で甲羅干しを繰り返し、日が暮れるまで水辺にいることも。ちょっぴりの勇気を持ち、負けず嫌いだったりする一面もある。

【生息状況】 以前は国内の各地に多数生息していたが、近年減少の一途をたどり、絶滅した地域も少なくない。ただし一度絶滅した水辺でも復活させることは可能である。
【生息に影響を与える要因】 ダム建設・河川開発などによる水辺環境の悪化や水質汚濁のほか、水辺を必要以上に危険視する風潮があげられる。社会全体が水辺に対して無関心になったことも、大きな要因のひとつ。

   川ガキの写真を撮り続ける写真家、村山嘉昭のホームページ「川ガキ」に掲載されている文章だ。彼は、被写体である水辺で遊ぶ子どもたちを通して、ダム建設や河川開発による川や水辺の自然環境破壊に警鐘を鳴らしている。

川ガキ[絶滅危惧種]学名:Homo sapiens sapiens霊長類ヒト科

村山嘉昭が環境問題に目を向けはじめたのは、1988年頃のこと。当時、長良川の河口堰の建設反対運動が再燃し、長良川の生態系の保全運動をはじめていたカヌーイストの野田知祐さんらが書いた記事に触発されたことによるものだった。

 「ぼくは親の影響もあり、小さい頃から旅行が大好きで、小学生の時には自転車少年となり、横浜の自宅から相模湖や箱根まで日帰りで遠征していた。高校生になったときにはオートバイに目覚めて、週末になるとオフロード・バイクにキャンプ道具を積んで林道を走っていたし、山岳部にも所属していたから、おのずと自然環境の大切さは身に付いていた」と、彼は言う。

また、生れ育った地元の相模川にも堰が計画されており、その反対運動のスタッフとして活動をはじめ、やがて河川とダム問題に興味が移っていく。その後、写真の専門学校を卒業し、葛西臨海水族館の飼育補助の仕事についた。

 「水族館はぼくの世界のひとつなんです。葛西臨海水族館では、ペンギンに餌をあげたり、外の水辺に菜の花の種を蒔いたり、ヒトデを獲りに行ったり、2年間働いた。水族館の仕事は楽しかったけど、写真とはどんどん離れていって、このままで良いのだろうかという疑問がわいてきた」。

 その頃、アメリカに留学していた中学時代の友だちが卒業論文を書くために台湾に2ヶ月間ほど日本語教育の研究をしに行くという話しを聞いた村山嘉昭もまた、日本時代の残景のようなものを撮りに台湾に行こうと決心し、水族館を辞める。その後、長野にあるタウン誌やアウトドア系の雑誌を出している出版社に入社した。

就職後も相模川の堰反対運動は続けていた。彼は、ボランティアとしてシンポジュウムや裁判、現地見学会、水道企業団との交渉などを手伝っていたが、自然破壊に対する行政の無知・無能・無神経さを思い知らされる。

  「相模川の河口周辺の海岸は侵食されて、ひどいことになっているけど、相模湖の上流側にある藤野には上流からくる砂が溜って堆砂ができていて、それを浚渫して丹沢の谷に埋めていた。行政は二重三重の自然破壊を繰り返している」。

相模川の堰反対運動に参加しながら、出版社を辞めた後もジャーナリストとしてダムの問題などを週刊誌などに寄稿していたが、彼は疑問を感じはじめていた。週刊誌や新聞で八ッ場ダムの問題を書いても、もともと川遊びをしたことがなかったり、川を水路としてしか考えていない人たちは読まないだろうと。

 「今の人たちは川を知らなすぎると思う。良い川は必ずしも水がきれいである必要はないし、実際、鶴見川では泳げないけど、ぼくは小さい頃は釣りをしていた。多くの人は、川に関心を持っていないから足が川に向いていないのが現実で、ぼくは、普通の人たちが、『川って、いいね!』とか『うちの子どもを連れていきたい!』と考えてくれるような、川へ関心を向けてもらうような導入部分のことをしようと思って川ガキを撮りはじめた」。

 川ガキの語源は、水ガキからきていた。今から20年以上前、君塚芳輝さんというドジョウなどの淡水魚類の研究者が日本全国で魚類調査をしていて、きれいな水辺にいるとされるドジョウが棲んでいるところには必ず子どもの姿があることを発見して、水ガキは絶滅危惧種であるという論文を書いた。そういう水辺で遊ぶ子どもたちの存在を明らかにし、自然破壊が進み彼らの遊び場がなくなるという警鐘をはじめて鳴らした。

 今でこそ、そういう考え方は当たり前だが、当時としてはセンセーショナルだった。水ガキは、田んぼのはぜとか池沼にいる子どもたちのことを指していたので言葉としては正しいが、ダムや川辺川など川と関連付けると、ピンとこなかった。その後、立松和平さんが川ガキというロジックで、新聞などで紹介し、同時に椎名誠さんや野田知祐さんなども川ガキとして雑誌などで書くようになる。

 「ぼくも川ガキの方が良いなって思って、川ガキにしました」と、村山嘉昭は川ガキにした理由を話す。

川ガキを撮りに日本各地の川を巡っているうちに、村山嘉昭は、地方によって川文化の残る地域とない地域があることに気づく。

 「川ガキのいる川といない川がはっきり別れていて、水のきれいな川でもいないところがある。東北の方ですごく良い川があって、夏休み中に川ガキを探しに行ったけど、ほとんど会えなかった。水が冷たいとか気候的なこともあるのだろうけど、圧倒的に少なかった。また、九州や四国、山陽など気候的に温暖な場所でも、水がきれいな川でも川ガキがいない川がいくつかあった」と、彼は言う。

 川で遊ぶ子どもがいない地域を調べてみると、学校が川で遊ぶことを禁じていた。また、20代後半から40代前半の親たちが子どもの頃に川で遊んでいないので、川に関心がなく、いわゆる川文化を知らない世代が親になってしまっていた。そういう地域では、川を必要以上に危険視してしまう傾向にあった。彼は、子どもの遊び場としての川を親自らが遠ざけている現実に衝撃を受ける。

 「兵庫にきれいな川があるということで、川沿いを探し回って遊びやすそうなところを見つけても子どもたちがいない。で、暑いのでコンビニでアイスを買いに入ったら子どもたちがいたので聞いて見ると、禁止されていると。でも、暑いんじゃない?と聞くと、学校のプールに入るから良いと言うんだ」。

 川ガキのいる地域は、子どもだった頃に川で遊んでいた人たちが多く、今でもアユ釣りをするなど、地域の住人たちは生活のなかで川と関わりを持っていた。大人たちは川をよく知っていて、あそこは危ないとかあそこは安全だとか、危ない場所を理解していると、彼は言う。

 「あるところでは今でも川が水泳場として指定されていて、ゴミ当番のようにおじいちゃんとかお母さんが交代で見張りをしている。だから、両親が共働きの家の子どもでも水泳場にいける。そういうところはもちろん今では少なくなっているけど、地域の大人たちが川に関心がある」と、村山嘉昭は、地域に根付いた川文化の大切さを痛感する。

村山嘉昭は、作品の発表の場をも考えはじめた。いかに一般の人に川に興味を持ってもらえるかということに腐心しはじめる。

 「最初の頃は、週刊誌のグラビアの仕事をもらって川ガキの夏というような感じで、アウトドア誌などで作品を発表していた。また、写真展の話もあったんだけど、カメラメーカーのギャラリーって、カメラ好きの人が多いじゃないですか。ぼくの写真は、むしろ写真展に来ないようなお母さんとかおじさんに見てもらいたいなって漠然と思っていた」。

 そんなとき、友だちが新宿の東口にあるベルクというパブ形式のカフェの壁を、一ヶ月交代で作家の人に開放しているという話を持ってきた。一日1,500人が利用する半分公共のような場所で、彼は初めて川ガキの写真展を開いたところ、場所柄か、地方から出てきている学生や地方出身のサラリーマンたちに大好評を博し、彼自身、その反響の大きさに驚かされた。

 パブリック・スペースでの写真展に勇気づけられた村山嘉昭は、その後、2002年には以前勤めていた葛西臨海水族館の芝生広場ではじめての野外写真展を開催し、またその関係で環境教育に力を入れている福島のアクアマリンでも写真展を開いた。また、実際、子どもたちは川で遊んでいるので、川原で布を使った写真展をやりはじめた。

川で無邪気に遊ぶ子どもたち、川ガキの姿を通して、川が育む豊かさや自然との関わりの大切さを訴えることによって、一人でも多くの人に川に関心を持ってもらい、ひいては河川開発という環境破壊やダム建設の是非を考えて欲しいと村山嘉昭は考えている。川の再生と大人たちの川に対する意識を変えることが、絶滅危惧種、川ガキを救う方法なのだろう。

 村山嘉昭は、今年もまた夏の間、日本全国を巡り、川ガキの撮影を続ける。

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