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「何言ってるか分かんないけど、ただ俺、マジサッカー好きなんすよ。マジでもっとサッカーやりたいっす。 ほんとサッカーって最高だし、まだサッカー知らない人もいると思うけど、オレみたいな存在っていうのもアピールしたいし、 ほんとサッカーって最高なところを見せたいので、これからもサッカー続けさせてください」 2010年12月、16年間在籍した横浜F・マリノスでの最後の言葉。 泥臭く、感情を前面に押し出したプレーでピッチを駆け回り、ときにその気性の荒さから警告や退場処分をよく受けることはあったが、 その「アツイ」サッカースタイルは多くのファンを魅了し、そして愛された。 横浜F・マリノスを退団後は、そのスピーチ通り、プライドもマネーも捨て、 Jリーグの下部に所属する松本山雅FCというアマチュアチームへ移籍してでも、 サッカーを続けていた松田選手、ファンの間では、「どうしようもないサッカー馬鹿」として知られ、 だからこそ、緊急入院した時、「アイツがサッカーを捨てて、死ぬわけないだろう」と、誰もがピッチへ戻ってくることを信じていた。 そして、突然の死。 ただ単に偉大なサッカー選手を若くして亡くしたという事実だけでなく、あの「サッカー馬鹿」に サッカーをさせてあげられないということが、彼を愛したファンの悲しみを、より深いものにした。 日本がやっと世界に近付いた、1996年アトランタオリンピックの「マイアミの軌跡」や 2002年ワールドカップベスト16進出での興奮と喜び、横浜F・マリノスでのアツイプレーの数々、 そして、16年目に”いまさら”サッカー大好き宣言をし、ファンの声援に応えるこのサッカー馬鹿の笑顔を一生忘れない。 松田直樹選手、本当にお疲れ様でした。 松田直樹(1977年3月14日 - 2011年8月4日 満34歳没) ●出身地:群馬県桐生市 ●クラブチーム: 1995-2010 横浜F・マリノス 2011- 松本山雅FC ●Jリーグ:通算385試合出場17得点 ●日本代表:国際Aマッチ通算40試合出場1得点